4月の新刊:映画における演劇性とは何か
2026年 3月 17日 コメントは受け付けていません。
映画における演劇性とは何か
矢橋透(著)
判型:四六判上製
頁数:415頁
定価:4000円+税
ISBN:978-4-8010-1006-2 C0074
装幀:宗利淳一
4月上旬発売!
テアトラリテの映画史
〈演劇性=テアトラリテ〉によって映画を革新してきた巨匠たちを映画史上のひとつの系譜とみなし、その端緒から現在までを連関的に描き出す画期的な試み。
【目次】
序章
第Ⅰ部
第1章 セカイの起源――ジャン・ルノワール論 前篇
第2章 セカイの起源――ジャン・ルノワール論 中篇
第3章 セカイの起源――ジャン・ルノワール論 後篇
第Ⅱ部
第4章 ATG映画における
第5章 ATG映画における
第6章 パンデミックとしての映画/演劇――寺山修司論
第Ⅲ部
第7章 別れと出会いの世界劇場――ウォン・カーウァイ論
第8章 台北クロニクル――エドワード・ヤン論
第9章 新たな邂逅に向かって――濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』論
註
後書
【著者について】
矢橋透(やばせとおる)
1957年、鎌倉市に生まれる。筑波大学第二学群比較文化学類、同大学大学院博士課程文芸・言語研究科で学ぶ。博士(文学)。岐阜大学名誉教授。主な著書に、『劇場としての世界――フランス古典主義演劇再考』(1996年)、『仮想現実メディアとしての演劇――フランス古典主義芸術における〈演技〉と〈視覚〉』(2003年)、『演戯の精神史――バロックからヌーヴェルヴァーグまで』(2008年、以上水声社)、『〈南仏〉の創出――癒しの文化史』(彩流社、2011年)、『ヌーヴェル・ヴァーグの世界劇場――映画作家たちはいかに演劇を通して映画を再生したか』(フィルムアート社、2018年)、主な訳書に、ジャン゠マリー・アポストリデス『犠牲に供された君主――ルイ14世統治下の演劇と政治』(平凡社、1997年)、ルイ・マラン『崇高なるプッサン』(2000年)、ミシェル・ド・セルトー『ルーダンの憑依』(2008年)、ジャック・デリダ『留まれ、アテネ』(2009年、以上みすず書房)、ミシェル・マリ『ヌーヴェル・ヴァーグの全体像』(水声社、2014年)などがある。
【矢橋透の著書・訳書】
劇場としての世界 3500円
仮想現実メディアとしての演劇 4000円
演戯の精神史 2500円
世界は劇場/人生は夢 2800円(共著)
ヌーヴェル・ヴァーグの全体像 ミシェル・マリ(著) 2800円