12月の新刊:リメイク映画の創造力

2017年 12月 7日 コメントは受け付けていません。

リメイク映画の創造力
北村匡平・志村三代子(編)
小川佐和子・川崎公平・木下千花・鷲谷花・渡邉大輔(著)

判型:四六判上製
頁数:307頁
定価:3200円+税
ISBN:978-4-8010-0300-2 C0074
装幀:西山孝司
12月22日ごろ発売!
*書影は準備中です。

なぜ映画はリメイクされるのか?
小津安二郎、黒澤明、溝口健二ら世界的巨匠の名作から、『スター・ウォーズ』『マグニフィセント・セブン』などハリウッドの超大作、そして『リング』などジャパニーズ・ホラー、さらには『ゴジラ』まで……時代/国境を越えて再創造される映画のダイナミズムをひもとき、「映画を観る」という身体経験を問い直す。映画研究の第一線で活躍する豪華執筆陣による、本邦初の本格的リメイク映画論。
映画創造の胎動を映画監督/プロデューサーという二つの側面から活写する、塚本晋也氏(『鉄男』『KOTOKO』『野火』)、市川南氏(『世界の中心で、愛をさけぶ』『永遠の0』『シン・ゴジラ』)へのロングインタビューも特別収録!

《私たちが目指しているのは、「翻案/リメイク」の区別も困難な「リメイク映画」の捉えがたさを踏まえた上で、広義の意味での「リメイク」の実践に焦点をあてること、すなわち、原作=「独創的」であり、「翻案/リメイク」=「創造力の欠如」という烙印を押されることがしばしばある「リメイク映画」を、取るに足りないものとして切って捨てるのではなく、いかに創造的な営みかつ独特の経験をもたらしているのか、あるいは映画史においていかに重要な問題系を形づくっているかを捉え返していくことである。つまり本書は、日本の映像史において見過ごされてきた(が幾度となく繰り返されてきた)「リメイク」の営為を、作家主義的なテクストの比較からだけではなく、それが生成する産業・技術的条件や受容にまで射程を拡げて多角的に解き明かす試みである。》――本書より

目次
北村匡平 リメイク映画論序説――再映画化される物語
小川佐和子 初期日本映画における外国映画のリメイク――『憲兵モエビウス』から『大尉の娘』へ
木下千花 システムと才能――1950年代大映における溝口健二、リメイク、ジャンル形成
渡邉大輔 小津調にとってリメイクとは何か――『浮草物語』『浮草』に見る映画史との格闘
志村三代子 「戦争映画」から「体感映画」へ――『野火』の再映画化をめぐって
北村匡平 神の沈黙を可視化する――映像テクストによる『沈黙』の(再)解釈
鷲谷花 黒澤明監督作品のリメイク・翻案における「男同士の絆」のゆくえ
川崎公平 お化けという運動――怪談映画の死と再生

塚本晋也インタビュー 戦争文学の再創造
市川南インタビュー 63年目のゴジラ

編者について
北村匡平(きたむらきょうへい)  
東京大学大学院学際情報学府博士課程在籍。日本学術振興会特別研究員、立教大学兼任講師、都留文科大学非常勤講師。著書に『スター女優の文化社会学――戦後日本が欲望した聖女と魔女』(作品社、2017)、論文に「映画スターへの価値転換――1950年代のスクリーンにおける観客の欲望モードの文化的変遷」(『社会学評論』2017年9月)、「映像化される『雁』の世界――戦後日本映画における女性表象の生成過程をめぐって」(『表象』第11号、2017年3月)などがある。
志村三代子(しむらみよこ)  
都留文科大学准教授。著書に『映画人・菊池寛』(藤原書店、2013)、『淡島千景――女優というプリズム』(共著、青弓社、2009)、論文に「ふたつの『千羽鶴』――映画の宿命に抗して」(『映画と文学 交響する想像力』森話社、2016)などがある。

関連書
黒沢清と〈断続〉の映画 川崎公平/5000円+税
フィルム・スタディーズ――社会的実践としての映画 G・ターナー/2800円+税
ヌーヴェル・ヴァーグの全体像 M・マリ/2800円+税
フランソワ・トリュフォーの映画 A・インスドーフ/4800円
ジーン・セバーグ G・マッギー/3500円+税

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