【全文公開】座談会*文学としての人文知

2019年 10月 1日 コメントは受け付けていません。

2019年夏〜2021年冬にかけ、東京大学文学部と早稲田大学文学部で開催される研究座談会『文学としての人文知』は、再編されつつある人文科学との対話のなかで、〈文学〉が〈人文知〉と取り結ぶ新たな関係を描き出そうという試みです。発表内容は小社から単行本として刊行する予定ですが、本ページでは、刊行に先駆けて座談会の内容を公開していきます。

第1回 【座談会】文化人類学と文学 〈イメージの人類学〉をめぐって
① 「不可量部分」と「イメージ」② 多元性・複数性③ 幻覚体験をめぐって④ 「フレーム」をめぐる体験

第2回 精神分析と文学(予定)

 20世紀、文学の姿は大きく変わりました。とりわけフランス文学は、その変化を過激な形で体現したと言えるでしょう。小説・抒情詩・演劇という、19世紀に隆盛期をむかえたカテゴリーに収まらない、多彩なテクストを考慮に入れる必要が出てきたのです。
例えば、フーコーの『言葉と物』やレヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』への言及のないフランス文学史はもはや考えられないでしょう。それぞれの本は、エピステモロジーや文化人類学という、人文科学に固有の場所をもった「知」の書物であるようにみえます。しかし、それらの書物は、小説や自伝、抒情詩や戯曲という、従来通りのいわゆる文学作品と相互に影響しあいながら、書くという行為、さらにはテクストの読解という《文字》をめぐる営為のあり方を変化させ、新たな活動領域を生みだしたのです。
この時代、作家たちは、精神分析、人類学、言語学等の新たな人間認識をもたらした学問の傍らで思考するとともに、身体論やイメージ論といった、哲学、社会学、美術史学等の学問領域における新たな問題意識を共有し、そうした知と相互に影響を与えながら執筆活動をおこないました。そこにはまるで十八世紀、フィロゾフと呼ばれた作家たちが、政治パンフレット、神学論争、大航海の旅行記を書き、法学、美学、国家論、社会科学等の学問の確立を目指しながら、叙事詩、悲劇、自伝、小説等の作品を書いていたことを思わせるような、錯綜した状況のなかで書く人間がいます。
しかし、革命前の、封建世界崩壊の前夜と、主権国家体制が確立され、科学技術が進展した資本主義社会では、文学の意味づけは大きく異なっているでしょう。ではこの時代、書く行為の意味はどのように変化し、人々はいったい何を目指して書こうとしたのでしょうか。
ひとつの手がかりは、20世紀において、哲学はもちろんのこと、精神分析や人類学に代表される新たな人文知もまた、客観的な知としての科学という近代の支配的なイデオロギーを相対化するような思考と言説を探し求めたという事実です。もちろん20世紀の人文科学が文学になってしまったといいたいのではなく、知ることと作り出すことの境界を問う作業が、その重要な任務の一つだったのは確かではないかと思うのです。しかし私たちはまだ、文学と人文知とのあいだに、どのような関係の網の目がはりめぐらされていたのか、漠然とした、断片的で部分的な視点をしか持ちあわせていません。
問われているのは、文学と知の境界ではなく、その境界がもはや十全には機能しないという意識のなかで展開された、認識し、創造するという行為の地勢図を描き出すことです。この時代の文学と人文知とは、いかにして見出しあい、つきまといあい、挑戦しあったのでしょうか。まだ地図のない、未踏の境界領域に、人文科学の研究者、文学研究者、そして二つの領域を横断する研究者と対話を重ねながら踏み迷っていこうとするのが、この一連の研究会の目的です。その航海の果てにどのような光景が広がっているのでしょうか。文学だけでなく、人類学、精神分析学などの人文科学もまた姿を変え、ラディカルに再編されつつある時代のなかで、確かな構築の手がかりが、この境界をめぐる対話のなかから見出されることを期待しています。

2019年 夏

塚本昌則(東京大学教授)
鈴木雅雄(早稲田大学教授)


  • 2019年夏〜2021年冬までに、8〜9回の研究会を東大文学部と早稲田大文学部で開催する予定です。研究会では講演者1名ないし2名の方にお一人1時間半ほど基調発表をしていただき、その後、塚本と鈴木が加わって、講演者と対話しつつ、文学と人文知をめぐる座談会をおこないます。
  • 最終的には、講演者のみなさんに発表にもとづいた論文をご執筆いただき、論文集を編むことを考えていますが、このページには、最後の座談会の部分を随時掲載してゆく予定です。
  • それぞれ広大な研究領域をかかえた学問との対話が問題となるため、話が拡散しないよう、毎回基調講演で扱うテクストを決めた上で研究会を開催します。
  • 〈文学〉については、あえて最初から定義することはいたしません。人文科学との境界上で何が起こったのか、毎回手探りで考えつつ、最終的に焦点化した問題を核とする形で、20世紀フランスにおいて、文学がどのようなものとみなされていたのかを再考したいと願っています。

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